Shiinamachi, Tokyo

聖地巡礼まんが道ポタ[後編]

saruvera

復元されたトキワ荘など「まんが道」の聖地を巡るポタリングは、トキワ荘マンガミュージアムを経て椎名町の散策へ。マンガ巨匠たちが暮らした街や足跡を追ってポタポタした後、彼らの空腹を満たした中華料理屋の松葉へやってきました(前編を参照)
 
松葉は椎名町界隈で「まんが道」時代から現存する数少ない店。現在の3代目店主は、亡くなった2代目店主の奥さんだそうです。作中で何度となくンマーイ!と絶賛されたラーメンは健在なのか。店先にBRUNO SKIPPERを停め、期待と不安に胸を膨らませながら暖簾を潜ります。
 


 
トキワ荘すぐ近くに現存する松葉いかにも中華料理屋な赤色の暖簾が架かる松葉の店先。引き戸やショーケースには、松葉が登場した「まんが道」のシーンが貼られてます。これ以上ないマーケティング施策ですな。週末は開店と同時に観光客が押し寄せる繁盛店であります。
 
藤子不二雄Aが訪れたときの写真が残る現在の松葉は店主ワンオペなので、注文から15分近く待たされることも。その間、店内にびっしり並ぶサイン色紙や写真を見ながら待つべし。巨匠たちと並んでイタコ漫画家のサインが飾られてたり、満賀道雄こと藤子不二雄Ⓐ氏が来店したときの写真が飾られてたり。見所は多いです。
 
松葉でトキワ荘ラーメンライスを食すお待ちかねのトキワ荘ラーメンライスは懐かしさあふれるビジュアル。濁りのあるスープは薄味で、麺は極めてやわらか。年寄り向きの味付けか? その一方でライスはボソボソ。お世辞にもンマーイ!と言えません。やはり名物にうまいものなしか。店主はイイ人なんだけどねえ……。
 
哲学堂公園の野球場ちょっと残念な気持ちを切り替えて、次の聖地へ向かいますか。再び目白通りを西走すること約4km。ここ哲学堂公園は、トキワ荘の住人らで結成した新漫画党が草野球に興じた他、原稿落とし事件後に満賀道雄と才野茂がペンネームを足塚茂道から満才茂道へ改名した場所であります。
 
中野通りを南下次は、トキワ荘から巣立った巨匠たちの足跡を追ってみましょう。哲学堂公園を後にして、中野通りをしばらく南下します。そのまま中野駅を越えて、青梅街道と交わる杉山公園交差点を右折。そこから数えること3つめの小さな信号を左折し、細い路地へ入ります。
 
スタジオゼロ中野社屋っぽい廃屋すると、この辺りにあったというスタジオゼロ中野社屋を彷彿とさせる廃屋が現れます。トキワ荘を卒業した鈴木伸一氏・藤子・F・不二雄氏、藤子不二雄Ⓐ氏、石森章太郎氏、つのだじろう氏らが立ち上げたアニメ制作会社で、スタジオボロと揶揄されるオンボロ屋敷だったそうです(参考文献)
 
スタジオゼロ新宿社屋があった場所そんなスタジオゼロは赤塚不二夫氏の加入後、新宿へ移転します。ならばと青梅街道を東進し、成子坂下から十二社通りを南下して熊野神社前交差点へ。ここに建ってた市川ビルにスタジオゼロの新宿社屋があり、後世に残る「オバケのQ太郎」「パーマン」「ドラえもん」などが生み出されました。
 
都庁を横目に新宿駅方面へ進むかつて聞いた「西新宿五丁目にある台湾料理屋のカラスミチャーハンを食べたくて、手塚先生が深夜にタクシーを走らせた」という逸話は、スタジオゼロの立地に起因するのだろうなあ。20代後半に住んでた街の昔話を思い出しながら北通りを新宿駅方面へ向かいます。
 
手塚プロダクションとBRUNO SKIPPERさて、新宿警察署前で青梅街道に復帰したのも束の間、今度は新宿大ガード西から小滝橋通りを北上。そして小滝橋交差点から諏訪通りに入って2つめの信号を左折すると、手塚プロダクションが見えてきます。休日とあって閉ざされた門扉の奥に、会社看板とアトム石像を発見。
 
西武新宿線に沿って本官さんの後ろを進む再び小滝橋交差点へ戻り、今度は早稲田通りから八幡通りを北上して下落合へ向かいます。下落合駅の南口から西武新宿線に沿って西走すると、前方に本官さん(?)が登場。しばしランデブーを楽しんだ後、昭和橋という小橋で妙正寺川を渡ってマンションの合間の路地へ侵入します。
 
下落合のフジオ・プロダクションこの路地の奥に、赤塚不二夫氏が設立したフジオ・プロダクションの社屋があります。入口の上でバカボンパパが逆立ちする分かりやすい建物。西武新宿線に漫画家が多いのは、同社が発端なのでしょうか。まあ、護国寺にも一橋にもアクセスしやすい場所ではあります。
 
新目白通りで飯田橋へ向かうさあ、最後の聖地へ行くとにしよう。フジオ・プロダクションのすぐ北にある新目白通りを一気走。都電荒川線との並走を楽しみながら飯田橋へ向かいます。夏の日差しで暑くなった体にドリンクボトルの水をかけ、クールダウンしながらペダルを回転。
 
漫画少年を出版していた学童社の跡地飯田橋交差点から外堀通りを東進し、最初の信号を左折すると日中友好会館という建物があります。かつては満州会館という建物があり、そこにトキワ荘メンバーらを発掘・育成した「漫画少年」の編集部が入居してました。当然「まんが道」にも頻繁に登場。足塚茂道の原点といえる出版社です。
 
外堀通りで秋葉原まで東進飯田橋界隈には出版社が多く、足塚茂道がデビューした「冒険王」の秋田書店や少年画報社なども近所にあります。また、ちょっと南下した神田神保町には小学館と集英社。これらも寄りたいところだけど、日差しが強くなりすぎてギブアップ。外堀通りを東進して秋葉原へ戻ります。
 
これにて「まんが道」聖地巡礼ポタリングは完了。足塚茂道を中心にトキワ荘メンバーゆかりの地をぐるりと1周する4時間でありました。この日の総走行距離は37.5km、走行ルートはコチラです。さあて今夜は「トキワ荘の青春」でも観ようかな。
 

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