秋が深まるにつれて、やきいも屋さんの “栗よりうまい十三里” という宣伝文句が街角に聞こえてきました。サツマイモは江戸時代、生産地の川越から浅草まで新河岸川〜荒川〜隅田川を舟運されてたので、その距離(九里+四里=十三里)を掛詞にした宣伝文句が生まれたわけです。
そして現在、川越の南側・三芳町に “富の川越いも” という伝統的な農法で栽培するサツマイモがあるそうです。ならば浅草から三芳町の “OIMO cafe” まで、かつての舟運路を遡るように隅田川〜荒川〜新河岸川をサイクリングしてみようか。ということで、カフェライド兼やきいもライドへ出発。
朝7:00に浅草橋の自宅を出発し、浅草雷門を経由して隅田公園へ。この公園内のリバーウォークへ至る階段脇にある山の宿の渡し碑こそ、この辺りが花川戸河岸だった証なのでした。ここでサツマイモを陸揚げしてたのだもの、浅草寺周辺に老舗の芋菓子店が多いのは当然ですね。
そんな浅草から言問橋で隅田川の左岸へ渡り、ほぼ隅田川の流路に沿った墨堤通りで岩淵水門(荒川と隅田川の分岐点)へ向かいます。途中、京成関屋で信号のない荒川サイクリングロードへ入りたい誘惑に駆られるも、隅田川に沿って走ることにこだわって墨堤通り〜荒川堤防線を前進。
ただし、荒川堤防線を走ってるとクルマに煽られるので、扇大橋の南詰から荒川の右岸CRへ突入。走りやすいので車速が上がり、8:00頃に旧岩淵水門へ到達しました。この写真の左端に荒川(奥)と隅田川(手前)の分岐点が見えますね。
まだ朝の冷気が残る荒川の空気を深呼吸しつつ、右岸CRを遡上。この開放的な視界、この空気の気持ちよさ、半年ぶりに味わう “朝の荒サイ” を満喫であります。おかげで脳汁ドバドバ、多幸感でいっぱい。いろいろな道を走るほどに、改めて荒サイが好きになります。
浮かれ気分で巡航を続け、8:30過ぎに朝霞水門(かつての新河岸川と荒川の合流点)へ到達。今日は朝霞水門の北脇から一般道(写真の左側)へ出て、国道254号バイパスの側道を経由して新河岸川の左岸(下内間木排水ポンプ場)へ向かいます。
続けてすぐ上流の新盛橋を渡り、新河岸川の右岸に設けられたサイクリングロードの遡上を開始します。とはいえ、道幅が狭く一般道との交差も多いので、車速を上げることはできません。まあ、のんびりポタポタ走りましょう。
新河岸川の下流域に広がる風景は、ご覧のようにのどかで牧歌的。そして川の南側には切り立った河岸段丘。見どころが多いので、飽きることなくポタリングを楽しめます。水道道路マニア的には、荒川と多摩川を繋ぐ室戸橋通りも見もの(詳しくは野火止用水ポタを参照)。
そんな室戸橋のやや上流に通行止めの看板があるけど、地元住民は往来してるので実質クルマ止めですかね。迷わず行けよ、行けばわかるさ。とアントニオ猪木よろしく前進してみると、親水公園になった河畔を抜けて志木大通りへ出ました。ほらね、案ずるより産むが易し。
その志木大通りの市場坂上交差点の脇に、いろは樋(新河岸川をまたぐ野火止用水の水路橋)の復元模型が展示されてました。野ざらしなんですけどね。なお、この辺りは彩湖の北側に架かる秋ヶ瀬橋から3km弱の地点で、所要時間の割に前進してないことに愕然としました。
ともあれ、新河岸川の遡上を再開しよう。志木市役所の東側、いろは橋の西詰から新河岸川の右岸サイクリングロードへ復帰。紅葉した木々に覆われた幅狭な道をポタポタ進みます。時間の流れが止まったような風景も見られておもしろい。
で、いろは橋から2.5kmほど進むと、新河岸川と富士見江川の合流点。ここから川越方面へ北上する新河岸川と別れ、富士見市方面へ注ぐ富士見江川の左岸を走ることします。といっても、川沿いに続いてる道を直進するだけ。特に迷う要素はありません。
しかし、富士見江川に沿った道の幅は狭く、また住宅地を通ってるので歩行者も多数。最徐行した先で突き当る埼玉県道266号を右折し、登坂した先の鶴瀬交差点を左折して県道334号へ出ます。後はこの道を西走するだけ(緩い登坂が延々と続くので微妙にキツい)。
県道334号を西走して関越道を越えた先、T字路の下組交差点で “いも街道” と書かれた標識を発見。ここから1.6kmに渡って “富の川越いも” 生産農家が軒を連ねる区画が続きます。もうすぐ目的地という喜びより、ダラダラと続く登坂から開放されたことのほうが正直うれしかったりして。
いずれにせよ、ペダルを回す脚に活力を取り戻していも街道を北上。目標到着時刻と定めてた10:00きっかりに OIMO cafe へ着きました。さあ、名産いもを用いたカフェメニューを味わうぞ。なんて順調に物事が運ぶワタクシではありません。では何が起こったのか。それは次回[後編]で。
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